ライブチャット AV

何度も後悔…農家に嫁いだけど農業の仕事を辞めたい女性体験談!

農業は一般的に、体力を使うきつい単調な作業が、延々と続くキツイ仕事と思われがちです。

 

また、傾斜のきつい畑での農作業が多かったり、脚立の昇り降りが多い日には、無意識に足を踏ん張ることが多く足に負担がきますし、農作物を下げることの多い日には腰に負担がきますし、消毒や除草剤など、一日ノズルを振り回していると、腕や肩に負担がきます。

 

休んで身体を休める日がないと、精神的にも体力的にも余裕がなくなって、きついこともあります。

 

 

女の人が農業で生計を立てている男性と結婚し、農家に嫁ぐ場合にはたいてい舅、姑がそこに居て同じ仕事をすることになるので、私生活全般の時間を夫の他に、舅、姑と同じにすることとなります。

 

なので息をつく暇などなく気の抜けない日々が続くことが一般的です。 普段は農作業に追いまくられ、他の人間とのかかわりもなく、生活がパターン化され面白味がないのかもしれません。

 

 

こうして悪いイメージを書き溜めると、昔ながらの苦労ばかりを背負い人生終わりのような農業を想像されると思います。 実際、私自身も「農家はきつい」と想像はしていて覚悟をして二十数年前に嫁いできたものの、その「覚悟」の甘さを思い知らされるくらい、上記に記したことで辛い想いをし、何度農家に嫁いできたことを後悔したことか分かりません。

 

 

だけども考えてみてください。 外で働く場合も、たいていの仕事は毎日同じことの繰り返しです。 私も実際、結婚前は数年間、一般企業に就職し、事務職に就きましたが、営業のサポート、電話対応、コピー取り、文書作成などの雑用であったり、月末になると、月末締めのデーター入力であったりで、することは決められていました。

 

その点、農業はまだ変化にとんだ仕事かもしれません。 作っているものや、内容によるかもしれませんが、私が嫁いできた果樹農家だと、作業は数か月単位、または数日単位で変わってきます。

 

 

1年を通して、いくつもの作業を経て作物を育てていくのです。 作業ごとに、いつまでに仕上げなければならないというノルマがあるので、そのノルマを達成すれば達成感がありますし、自然と1日ごとのノルマが決まってきて、それが達成できた時には一日の終わりには充実感でいっぱいの気持ちになることもあります。

 

会社勤めでも共通した面があるかもしれませんが、それは会社のペースにあわせたもので切羽詰まったものであったりします。

 

その点、農業は最低限のノルマを達成していれば、自分でペースを作り出すことも可能だと思います。 1年を通して、どうすれば良い作物が実るのか考えながらそれぞれの作業をしていると、それぞれの作業にはもちろん意味があって、農業がいかに奥深いのかが思い知らされ、何年たっても増える知識があって刺激にとんだ仕事だと思います。

 

 

休日のない日々がストレスに

 

 

ただ、適度な休日がなければその余裕は生まれてきません。 実際、私が嫁いできた当時も休みはほとんどありませんでした。

 

毎日休みなく、日があければ日が沈むまで畑へ行き、農作業をすることが美徳だと考えているように見えました。 昔の農家はそれが当たり前だったのでしょう。時代がそこで止まっているように感じました。

 

私も良い嫁になるべく、それには逆らえないとばかりに休みなく働きました。 体力だけは自信があったので、若いうちは身体がついていきましたが、そのうち心身共についていかなくなり、身体をこわしてしまいました。

 

そこで、初めて気づきました。「何が一番ストレスか」追求していくと、休日がないことだと。 企業勤めの間は、土曜日曜は休日で、そのあいだにリフレッシュし、メリハリがついていたのだと。

 

ごくごく普通のサラリーマンを父と専業主婦の母のもとで、畑や田んぼとは無縁の新興住宅地で生まれ育った私にとって、この生活は想像しようにも想像しようがなかったし、覚悟をしているつもりでも、実際は生ぬるい覚悟だったのだと。

 

 

時間はかかりましたが、身体を壊すことによって、自分自身の生活を見直すきっかけになり、生活を徐々に変えていく決心をしたのもその時です。

 

農作業を他の家族と同じ時間に終え、他の家族が休んでいる横で、夕食づくりから日中にたまった食器洗い、洗濯物の取り入れなどの家事をすべて一手に引き受け、こなしていたものですから、疲れが出るのは当たり前。

 

自分一人だけが、仕事を終えてもたまった家事をこなさなければならないことが納得いかなかったので、夕方は他の家族より一時間早く仕事を置き、家事の時間を設けました。

 

舅、姑の許可を得ず、半ば強引な決断、実行でした。 1週間もしくは10日に一度は、休日を設けることも決めました。 特に姑は、私の行動に対して表情が思わしくなく、時にはそれを態度で表したりもしたので、メンタルがやられそうでした。

 

しかし、効率よく仕事をこなしていく ことによって最低限のノルマは達成できることが分かりましたし、他の家族の足を引っ張るようなことはなかったので、それを受け入れざるを得ない状況へ もって行きました。 また、農作物の収穫期である農繁期には、出荷作業の効率化、作業時間の短縮を図るべく、それまでの方法を変えました。

 

 

効率よく仕事をこなすため、また、余裕をもって仕事に取り組むため、身体のメンテナンスも怠りません。 腰や肩を痛めることがつきものの、農業ですが、異変を感じれば、貼り薬や漢方薬で対処し、身体が乗らないときには栄養ドリンクで精を付けることも忘れません。

 

それで、対処しきれない場合、時には自分を甘やかし、休日を設けます。 また、仕事のペースや一日のノルマを緩めることも考慮に入れます。

 

とはいえ、体力勝負の農業。外での仕事ですし、どうしても疲れることは前提のこと。 身体が乗らないときは、休み時間を多めに設けたり、時間ごとにノルマを設けて、達成したときのご褒美である果物やスイーツを畑で頬張ったり、疲れる時間には、音楽を聴きながら作業をしたりして、仕事中の中にも変化をつけて、作業を乗り切るように工夫しています。

 

 

農家独特の人間関係

 

休日がなかったこと以上にストレスになっていたのが、夫の他に姑が常に傍に居て作業を共にすることでした。 同居しているうえに、仕事を共にすることは、四六時中、時間を共にすごすことと同じで気が休まることがありませんでした。

 

そこで主人に申し出て、作業を別の畑でこなすことにしました。 そうすることでストレスが減ることはもちろんのこと、自分のペースで仕事を進めることが可能になり、余裕がうまれ仕事に対する想いもまた変わってきました。

 

とはいえ、どんなに一生懸命仕事を頑張っていてもダメ出しばかりであったり、他の家の嫁さんと比べられたりする事は結構農家の嫁アルアルかもしれません。

 

 

実際、私も嫁いできて、良い嫁になるべく、舅や姑、夫、ときにはベテランのアルバイトさん達と同じように仕事をこなし、足を引っ張らないよう頑張りましたがダメだしはあっても褒めてもらえることもなく、心がなんども折れました。

 

また、周囲はある作物の産地になっていて、同じ作物を作る農家が数多くありますが、跡を継ぐ若者は少なく、同世代の嫁さんは居ないに等しいため、農繁期になると、時々手伝いにくる他の嫁さんを引き合いにだし、聞こえよがしにべた褒めした会話を幾度となしに聞かされました。

 

いくら仕事を頑張っても、報われない気がして居たたまれませんでした。

 

 

主人に相談しても解決することなく、長い期間私を悩ませていたのですが、ある日、嫁いできた当時のことを突然思い出しました。

 

私のことをきちんと見てくれていて、評価してくれている人もいた・・・と。 畑で仕事をしていると、時々、近くのおばあさんがみかんを持ってきてくれたり、ジュースを持ってきてくれたり、おじいさんが飴玉をくれたな・・・と。

 

そして必ず、「よく頑張ってるね。いつもごうせいに(一生懸命に)よく働いてるね。」と言葉を付け足してくれたっけ・・・。。 仕事を終え、歩いて畑から家への帰り道にも、褒めてくれるおじさんもいたっけ・・・。

 

熱い夏の昼下がり、疲れた体にムチを打ちながら家へ向かう帰り道に、軽トラに乗せて家まで送り届けてくれたおばさんもいたっけ・・・と。 仕事に対する評価は、舅、姑軸ではなく、世間が軸なんだ、と思えるようになると、舅、姑が他の嫁さんのことを会話に出しても、気にならなくなりましたし、最低限やるべきことをこなしているのなら、堂々としていようと、逆に肝が据わったように思います。

 

 

田舎に嫁ぐと田舎独特の人間関係に悩まされることをイメージされがちですが、悪いことばかりではありません。 確かに、人数が限られているうえ、行事に参加することが多かったり、役員の仕事が多かったり・・・とデメリットもありますが、私はそうやって地域の方々に支えられて乗り越えられました。

 

 

女性が農家に嫁ぐときの心構え

 

女性が農家に嫁ぐ場合、前もって労働条件、仕事の環境、金銭面のことを確認したうえで、結婚生活を始めるのがいいのかもしれませんが、私のように何も知らずに、昔気質の風が残る農家に嫁いだ場合、自分でその風を変える位の覚悟を持っていたほうが上手くいくと思いますし、それを楽しむのを醍醐味にしてしまうのも、ストレスがたまらない一つの方法だと思います。

 

 

実際、農家の方が多く取っている某新聞などを拝見していると、昔とはちがい、自由な構想で仕事を推し進めながらいきいきと農作業をしている女の人は増えたと思いますし、農業の跡継ぎである男性側も労働の基準を下げて、嫁さんを迎え入れやすくしているところも多くなったというのが、現代の流れではないでしょうか。

 

テレビで取り上げられることも多くなりましたし、農家に嫁ぐのも敷居が低くなっているように思います。 四六時中、畑に貼りついて仕事をするだけが、農家の嫁であるというのは、時代錯誤だということは言うまでもありません。

 

 

また、どの仕事に対しても共通して言えるかもしれませんが、仕事に対して積極的に取り組み、探求心を大事にすることが生き生きと仕事を続ける秘訣だと思います。

 

嫁いできた当時から、「自分は好き好んで農家に嫁いできたのではない」が口癖の農家出身の姑は、つい先日思いのほか早く、まだ体が動くうちに農作業を引退しましたが、私から見ると引退するまで半世紀以上農業をやってきて、農業の魅力に気付けなかったように思えました。

 

ただ、農業のことを全く知らないまま、生ぬるい覚悟でやってきたがために、身体を壊すことによって、考える時間ができた私は恵まれていたかもしれません。

 

今となっては、身体が動く限り、年相応の農作業をしながら年齢を重ねていくのが密かな目標であり夢となりました。

 

 

 

このページの先頭へ